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人に安らぎを与える緑に携わる仕事だからか、人も会社もとても柔軟なのも素敵でした。庭園も、組織のあり方も、古きよきものをただ継承し、続けるだけではなく、時代に寄り添うように新たに創り上げる柔軟でクリエイティブな姿勢を感じたのです。今日は、普段なかなか触れることがない庭師の仕事術とその心に迫ります。
植彌加藤造園の庭師・設計士の職人仕事
植彌加藤造園が手がける日本庭園の一部をご紹介します。
Webサイトではもっとたくさんの事例が紹介されていますので、そちらもぜひご覧ください。
①南禅寺
「絶景かな 絶景かな」とは、安土桃山時代の大泥棒にして庶民のヒーロー、石川五右衛門の名ゼリフ。南禅寺(京都市左京区)の三門から五右衛門が周囲を見下ろして見得を切る歌舞伎のシーンは、あまりにも有名です。その南禅寺にて
1848年(嘉永元年)からずっと御用庭師を務めるのが、植彌加藤造園株式会社。
②無鄰菴
国指定名勝の無鄰菴は、明治時代の元老・山縣有朋の別荘。
近代日本庭園の傑作と言われる世界的にも名高い庭園です。所有者は京都市で、提案型の入札(プロポーザル入札制度)により植彌加藤造園が庭園の維持管理を受託しています。ここは名勝指定された庭園なので、庭園学の研究者、京都市、そして文化庁など各界の意見を取り入れ、保存と育成のバランスをとりながら最善の管理を心がけているそう。また、無鄰菴では、ガイドや施設の運営、イベントの企画・運営など、お客様をお迎えするサービス業務も行っています。
③星のや東京・星のや京都
各庭園それぞれに深いデザインコンセプトがあり、
伝統的な技と現代的でハイセンスな感覚がマッチした庭園です。施主のニーズを知り、素材を吟味し、庭園の完成後も庭全体のコンセプトが常に表現されているように育成管理の方針を考え、訪れた人に心ゆくまで満足してもらえる空間を実現しています。また、星のや京都では、宿泊のお客様に庭園の手入れ方法について庭師としてガイドも行っています。
④けいはんな記念公園
平安遷都1200年の記念事業で造られたとても大きな施設。有料の庭園エリアと、無料で開放された公園のエリアの二つのスペースから成り立っており、地域の方々にとても愛されている場所です。植彌加藤造園は全体の景色の育成管理と、お客様にサービスをする施設運営の両方を行っています。この
公園のコンセプトは「里山の景色を表現する」。何と、庭園の中でこどもたちと庭師が一緒になって稲を育て収穫し、一年かけてお餅を作ったりします。こうしたゆったりとした時間がそのまま景色として現れ、庭師のやりがいにもなっている素敵な場所です。
庭師1年生の仕事内容。「掃除」にさえも宿る奥深さを探求
頭には手ぬぐい、足は地下足袋。同社で庭師として働く中瀬雄也さん。庭師1年生のお仕事内容について伺いました。
中瀬さんは2016年の4月に入社。現在は、庭園の育成管理の仕事を行いながら、計画設計部門で、作庭や庭の改築の仕事に携わっています。
「朝は7時頃に出社して、会社周りの掃除を行います。全員で7時半から朝礼をして、会社の車両で各現場に向かいます」。
読者のみなさん、ここで朝の早さに驚くことなかれ。職人の世界は、どこも早朝からスタートするのが常なのです。担当現場が他府県の場合は朝の6時頃に出社する場合もあるのだそう。
さて、各現場に移動した後は、現場ごとに再び簡単な朝礼があり、その後早速作業がスタートします。
「しばらく作業して、午前10時から10時半まで休憩。再び作業に着手し、12時から13時までお昼休憩。その後15時から15時半まで、休憩があって、作業はだいたい17時で作業終了です」。
休憩をこまめにとることもまた、職人の世界のもうひとつの特徴。身体を使う仕事だけに、これは安全を考慮してのこと。けっして楽をしているわけではありません。こうしたサイクルで1人の職人が1日になす仕事を職人の世界では「人工(にんく)」と数えます。
そもそも
庭師の仕事は、樹木の剪定や除草、落ち葉や剪定した枝葉の清掃を行うもの。樹木の種類や樹形によって、剪定の方法やタイミングが変わるため、一人前に現場を取り仕切るまでには数年かかります。入社して1年足らずの中瀬さんは、各現場でそれぞれ
責任者となる先輩に指示を仰ぎながら仕事にあたります。若手は、庭園の掃除がメインのお仕事。
「掃除は庭園の育成管理の基本なので、基本的には庭師の全員が行う仕事ではあります。僕の場合、まだ剪定の技術がついていないので、おのずと先輩が剪定した枝を拾う役になる、という感じです。作業は早くしないといけないんですが、庭では走ったらダメなんです(笑)」。
同社の加藤友規社長いわく
「掃除をする所作や姿がどれだけしなやかにその景色に溶け込むか。掃除する庭師の姿があってこそ、なお味わい深くなるように、自らが景色のスパイスとなりながら、いかに自然に溶け込めるか、そこが難しくもおもしろいところです」。
掃除ひとつをとっても、何とも奥深い庭師の世界。庭仕事の基本は掃除。基本だからこそ、おろそかにできません。というのも、庭は人が自然に手を加えることで創り上げる空間。
形があるようで常に移ろい、1日として同じ形は留めていない、いわば禅の極みのような空間です。
中瀬さんが「作業に必死で、下ばかり見ていてもダメなんです」と言うのは、自分が見ている一瞬だけ美しく掃ききったとしても、朽ちた枝から落ちてきそうな葉があれば、ある程度枝をふるって葉を取り除いておくなど、
庭の少し先の姿や全体を見通し、あらゆることに心を配る必要があるからです。
「現場によってはきれいに全てを掃いて仕上げる庭もあれば、少し落ち葉を残して風情ある仕上げにする庭もあります。その一つ一つは現場の先輩に指示を仰ぎます。先輩方はわからないことは聞けば、ていねいに教えて下さいます」。
上は60歳台のベテラン庭師とともに庭園の育成管理の仕事に当たる一方で、中瀬さんは「内業」と呼ばれる設計部での仕事も担っています。それはどんなものでしょう?
庭師と設計士。2つの役割を横断する働き方
植彌加藤造園では南禅寺や智積院など、大本山寺院などの庭園管理だけではなく、個人邸宅やリゾート施設など、現代に生きる私たちの心に寄り添うモダンなデザインの作庭・改築などまで幅広く手がけています。

(ウェスティン都ホテル京都での作庭)

(個人宅での作庭)
その際、
施主の方の思いをヒアリングし、庭としてその思いを形にするべく
設計し、施工して庭を創り上げるのが計画設計部が担う仕事。
「デザインや内装設計の仕事では、図面を描いて模型を作って、実際の作業は施工業者に任せることが一般的です。でも僕は、自分で施工までをやってみたかったんです」。
とはいえ、この仕事もまた奥深いもの。
例えば作庭時や改築時では、施主の意向に応じて庭をデザインします。その際、
樹木や庭石などの材料の手配、これらを動かす
クレーンなどの重機やそれに必要な作業人数の算定など、現場に応じてひとつひとつ異なるため、経験を積まないとわからないことはたくさん。先輩にわからないところを聞きながら、
見積書を作成します。また、お客様に具体的にお庭をイメージしてもらうため、
CADやフォトショップなどを使って図面や模型を作成することも。ひとつの庭が出来上がるまでには、実にたくさんの知識と経験を要するのです。
「見積書作成や施工までの準備を総じて “段取りを組む”と呼びます。段取りどおりに無事施工が終わったら、すごくやりがいを感じます。僕も、庭園の調査計画設計から現場の施工、竣工後の育成管理に至るまでを一貫してできるように早くなりたいな、と思っています」。
「中瀬は確かに期待の新人ですが、特別な仕事を担っているわけではありません。これからは、庭師としてお庭という場に身体で向き合うことと、設計士として調査計画設計から施工の段取り組みまでの抽象的な世界を扱うこと、その両方の領域を自由に行き来できるバイタリティを持った人材を採用したいと思っています」。
庭師という職人を志した理由。理想の空間を創り上げる。
京都の美術大学でランドスケープデザインを学んでいた中瀬さんと、日本庭園との出会いは3年生の頃。
「授業で庭園実習というのがありまして、年間を通して京都御所や無鄰菴で庭掃除や簡単な剪定をさせていただきました。その時にこの世界が魅力的だなって感じたんです」。
こうした経験に背中を押されて、中瀬さんは大学4年の7月に同社にてインターンシップを経験。大学の授業の合間を縫って、週に何日か来社し庭園管理や計画設計部門での仕事の一部に携わったそう。
ところでランドスケープを学んでいたひとりの美大生は、江戸や明治時代から続くお庭の、一体どこに魅力を感じたのでしょう?
「庭園の育成管理の仕事では、手ぼうきで苔の上の落ち葉などを掃くんです。その行為はシンプルなことですが、自分が手を加えることによって庭の景色が確実に変わります。それを見た時、自分にとってはすごく美しい景色のように感じられたんです。これは、今でもやりがいを感じる部分のひとつです」。
設計やデザインを図面だけで考えるのではなく、実際に
自らの手で理想の空間を創り上げる。そこに最大の魅力を感じた中瀬さんは、大学卒業とともに同社に入社することになりました。

手前のはさみ(2種)を腰道具と呼び、どんな現場でも必ず携帯するのだそう。道具は職人の命。入社時に自前の道具を買い揃えます。
「昔ながらの職人気質」ではない柔軟性・現代性をもつ会社
「造園業者が現場で剪定や施工だけをやっているというイメージが世間で広まったのは戦後のことですね。中世の僧侶で数々の作庭も行った夢窓疎石の時代は、自分が思い描く空間を自ら具現化するというのが当たり前でしたから」
とは、同社8代目の加藤友規社長。
幼い頃から庭師の傍で遊び、父や祖父の後ろ姿を見て育ったといいます。その社長が危惧するのは
後継者の育成です。
「いまや庭師は絶滅危惧種みたいなもの。昔ながらの技術を持った庭師がどんどん減っていくんです。生活環境ががらりと変わって、便利になったことが大きな理由のひとつです。昔ながらの庭師なんて、ずっと自然の中に身を置いていたので『1時間後に雨が降るな』なんて、すぐにわかるんですよ」。
頭から水をかぶってもすぐに蒸発しそうなくらい暑い夏の日も、爪先が凍る冬の日も、自然の中に身を置き続ける。庭師はこうして
木や石と会話をしながら、自然の摂理を理解し、庭師としての感性を研ぎ澄ませていくのだそう。
同社には毎日現場に出るベテラン庭師から、主に社内で計画設計を手がけるスタッフ、指定管理者として施設を運営するスタッフなど総勢約100名いますが、庭に携わる社員は、
「現場ありき」の庭師のあり方を忘れないでいてほしいと社長は常々思っているそう。
「『不易流行』がうちの社訓なんです。不易は、変えてはならない部分。これは昭和までの庭師が当たり前に知って、できていた技術をきちんと受け継ぎ進化すること。技術第一の精神です。一方、流行は、変えなければならない部分。ここでは、これまで先輩庭師が言葉にしてこなかった“暗黙知”の部分を、みんなで共有していくことが必要です」。
庭師のみならず、伝統の二文字がつく世界では、熟練の技は言葉や文字にせずに、見て学び、体に馴染むまで時間をかけて習得することが多いもの。
「昔の職人は『あんじょうやっておけよ(具合よくやっておけよ)』のひと言で終わってしまうことが多い(笑)。でもそれでは、若い人が育たない。何をどこまですれば『あんじょう』なのか、少しずつ言葉にして伝えるような職場であるようにしています。現場の成果を共有する勉強会を毎月1回のペースで行っています」。
とはいっても「教えてもらえないから、できませんでした」という受け身の姿勢でいるのは、困りもの。そこは教わる方もベンテランの先輩がたも、お互いが一歩歩み寄る、心のさじ加減が必要かもしれません。
「うちのもうひとつの社訓は、『伝統から学ぶ、仲間から学ぶ』なんです。もちろん実体験のある人には及ばない。そこはわかりつつも、わざわざ仕事の手を止めて勉強会の時間を設けるのは、職場としての知財、ひいては社会の知財として活かしてほしいと思っているからなんです」。
庭師は、究極のランドスケープを生み出すクリエイター

植彌加藤造園が出入りする社寺の数々。格式の高いお寺を意味する「大本山」と「御用達」の文字に仕事の重みを感じます。
植彌加藤造園のホームページには、北米日本庭園協会の前会長ケンダル・ブラウン氏と加藤社長との対談が掲載されています。記事によると、ブラウン氏は
「日本庭園は、 21世紀のクラシックランドスケープになるべき景観だ」、と評しました。クラシックとは、古典、不朽・普遍という意味。つまり、ブラウン氏は理想的に手入れされ誰もが癒される日本の庭園が、あらゆる景観のクラシック(普遍的な空間)になって欲しいと高く評価したのです。
とある統計によると、京都には世界遺産に登録される寺院が何と17もあります。寺院には大きさや形式は違えども、必ず庭があります。もし庭園が荒れていれば、寺院建築はその魅力の多くを失ってしまうでしょう。また、その中には中世から続く庭園もあります。植彌加藤造園のスタッフは、こうした歴史ある庭園を後世に残すため、日々誇りを持って仕事に取り組んでいるのです。
「庭の維持管理と言うと、ただ枝が伸びた分だけ切ればいいとなってしまう。それでは、単なる緑化作業員ですよね。私たちの仕事はメンテナンス(維持管理)ではなくて、お施主さまがどういう景色を創りたいかという思いをくんで、それを庭という形に表し、育成管理(フォスタリング)することです。つまり庭を育むということ。弊社のスタッフはそういう思いで庭と関わっています」。
加藤社長に、一番好きな庭を訪ねてみました。すると、少し意外な答えが返ってきました。
「岩や小石を水の流れに見立てた枯山水の庭、池を配した池泉回遊式庭園、遠くの山々などを背景にした借景庭園、茶庭や坪庭など、庭にもいろいろな形式があります。こうした形式美はもちろんですが、それよりも私はその庭に蓄積された人々の思いを、つい感じてしまうんです。だからベストを選ぶのは難しいですね」。
古より極楽浄土や禅の教えを表すなどし、人は「見たい」と願う理想郷の姿を庭に映してきました。こうした庭は永い歳月を超えて、絶えず情熱を注いできた庭師によって育まれてきました。
私たちが庭を見て美しいと思うのは、そこに込められた熱い情念と、祈りにも似た思いを感じ取っているからに違いありません。
加藤社長に求める人材像を伺うと
「何よりも、庭が好きで、景色を育むことにじっくりと情熱を燃やせる人」という言葉が出ました。こんな思いに共鳴できる人は、伝統という大きな流れに一度身を投じてほしいと思います。知れば知るほどに別の世界が見えてくるに違いありません。