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コラム

民間企業とのタッグで、職安を拡張する。 誰もが自分という存在を肯定し、生きている、そんな社会をめざして

2022.08.12 HELLOlife 代表インタビュー(インタビュアー 稗田 和博)
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経営戦略やフィランソロピーとしての協働。
あらゆる人々に届く雇用のセーフティネットをつくる

──── ハローライフは、これまで行政や企業と協働し、多くの就労支援施策を手がけてきました。ビアガーデンで合同企業説明会を開催する「就活ビアガーデン」や、コタツを囲んだ和やかな雰囲気で企業と就活生が相互理解を深める「コタツ就活」など、斬新かつユニークな企画が多いですね。

もともと私たちは、新しい制度や仕組み・文化を創造することを通じて、「ひきこもり」や「ニート」などの社会構造によって生まれた問題を解決したいといった思いで団体を結成した経緯があります。

働くことにまつわる様々な課題は、日本の大きな社会問題です。就労も就学もしていない若年無業者は全国で71万人に上ると言われ、ワーキングプアや非正規雇用の問題も深刻です。でも、コミュニケーションが少し苦手だったり、精神面で不安を抱えていたりするなど何らかの働きにくさを抱えている人であっても「働きたい」という意欲を持ち、就職に向けた行動を起こしているケースは少なくなく、周囲のちょっとしたサポートや理解があれば十分に企業や社会で活躍できるんです。ましてや厳しい経済情勢の中で、多くの人が仕事に悩み、働くことに希望を持てないでいることは社会にとっても大きな損失です。

私たちは、そうした既存の人材サービスや公的制度では十分に対応できない人たちの課題を解決するため、前例や常識にとらわれない、あらゆる人が参加しやすい支援メニューを生み出し、社会の価値観をちょっとずつ変えることで、誰もが自分らしい働き方や生き方を実現できる環境をつくりたいと思っています。

(「沿線価値の向上」を重点戦略のひとつとする南海電鉄主催のイベント。参加する企業の数だけ設置されたコタツを囲んで、経営者や人事担当者と求職者が交流を深める。HELLOlifeが企画・運営を手掛けている)

(就職氷河期世代の方を対象に、府営住宅の空き室を提供し就職と定着のサポートを実施する「チャン巣プロジェクト」。大阪府との協働で実施)

──── 昨年には、新たな取り組みとしてグローバル総合金融サービス企業のJ.P.モルガンをネーミングライツ・パートナーに迎え、「HELLOlife by J.P.モルガン」という民間との協働による職安がスタートしました。ハローライフにとっても、支援を求める人にとっても大きなインパクトになりそうです。

J.P.モルガンはCSR(企業の社会的責任)やSDGs(持続可能な開発目標)の観点からフィランソロピー(企業などによる社会貢献活動)を通じた社会的インパクトの実現を進めていて、私たちとしてもJ.P.モルガンの充実したリソースを活かすことで、より多種多様で持続性のある就業支援を提供することができると考えました。

(2022年2月、J.P.モルガンの日本事業責任者である李家輝さま(JPモルガン証券株式会社 代表取締役 社長 兼 CEO、JPモルガン・チェース銀行 東京支店 日本における代表者 兼東京支店長)が、大阪本町の拠点「HELLOlife by J.P.モルガン」に来館)

具体的には、コロナ禍でより顕在化した孤立や貧困に陥りやすい女性が人生リスクに備えたキャリア選択ができるようマネープランニングも含めて支援する「SONAERU CAREER(ソナエルキャリア)」をメインプロジェクトとして立ち上げ、その中ではJ.P.モルガン社員自らが就職相談・就活準備支援を実施する「おせっかいキャリアサポート」も展開しています。




様々な理由で働きにくさを抱えていたり、複合的な生活課題が就労の阻害要因になるなどして既存の人材サービスや公的制度にたどりつけない人はまだまだたくさんいます。私たちも独自のアイデアで様々な支援施策を打ち出してはいますが、スケール感や持続性という意味ではまだ課題があり、就業支援領域での大きなうねりをつくりきれていないところもあるので、今回の「HELLOlife by J.P.モルガン」といった形の民間連携を進めることで、職業安定所としての機能をさらに拡張していくことができればと思っています。

──── 「HELLOlife by J.P.モルガン」のフィランソロピー事例は、例えばプロ野球チームのスタジアムにスポンサーの企業名が入るようなイメージなのでしょうか。

そうですね。私たちが展開する職安拠点において、民間企業に資本投入いただきながらそれぞれの特徴を活かした就労支援プロジェクト・コンテンツを実施していただくイメージです。分かりやすい例で言えば、子ども向けの職業体験型テーマパークのキッザニアが、それぞれの職業に類する企業をスポンサーに迎えて各アトラクションを運営しているような形ができれば面白いのではないかと思っています。




このスキームは毎年開催している「コタツ就活」も同じで、当初は参加いただく中小企業数十社からそれぞれブース出展費用を頂戴する形で開催していましたが、2022年は南海電鉄1社の主催で「コタツ就活EXPO by NANKAI」を実施しました。沿線の価値向上の一環として南海沿線エリアにも魅力的な企業があることを学生たちに知ってもらいたいとのニーズで実現したのですが、特に中小企業やベンチャー企業などは一般の就活サイトや説明会では埋もれてしまい、自社の魅力が伝えきれないという現状があります。その中で「少人数×コタツ」というコンテンツは、従来の就活イベントのマイナス面を補う、企業・学生の双方にとって有益な企画だと自負しています。

──── 新卒採用については、みな同じようなリクルートスーツに身を包み、企業側もパンフレットに書いてあることを説明するような画一的な部分が問題視されています。そういう意味では、「コタツ就活」が全国に広がればいいですね。

いえ、日本発のクールな就活スキームとして世界に広がらないかなと、半ば本気で考えています(笑)。例えば、公共サービスの分野で言えば、図書館ならニューヨーク公共図書館とか、公園であれば公園づくりを通じてコミュニティを再生しているカブームのようなNPOが世界では活躍していて、それぞれの分野で魅力的なイケてるブランドがあります。でも、職業安定所というジャンルでは世界でもあまり突き抜けた事例がないので、大きな夢ではありますが、民間企業の協力を得て「HELLOlife」や「コタツ就活」といった器に乗っかってもらいながら、様々な境遇にあるあらゆる人々に届く雇用のセーフティネットをつくっていければと思っています。

事業型の就労支援にこだわり。
理想は、誰もが誰かを助けられる社会

──── 振り返れば、民間の職業安定所を目指して「HELLOlife」を開設したのは2013年です。4階建てのスタイリッシュな空間にブックカフェやイベントスペース、中間的就労の場も備えた施設としてスタートしましたが、当時はどのような思いだったのでしょうか。




イベントなどの一時的な取り組みだけでなく、働きにくさを抱える若者が落ち着いた空間で自らと真摯に向き合い、「仕事」や「働く」をテーマにした様々な情報やサービスを受け取りつつ、希望を持って自分に合った仕事や働き方を自然に見つけていける、そんな日常的な場を事業活動で運営していく。私たちにとっては大きな挑戦でしたが、企業側の変化も必要であることや事業自体の持続性を考えれば、事業型で展開してもちゃんと価値があると評価していただけることに意味がありました。

働きにくさを抱える若者は、貧困や発達障害などの問題とも無縁ではないため、一般就労ではなく、福祉的な支援が必要になるケースも少なくありません。でも、働きにくさを抱える若者の中には、病気でもなければ、障害者手帳を持っているわけでもない方もいます。たまたま人間関係などでつまずいたり、コミュニケーションがうまくできなかったりして、働くことに自信が持てないでいる人たちなんです。そんな若者たちを受け入れ、ちゃんと働けるような社会環境をつくれない社会でどうするんだという思いは、今でも変わらず持ち続けています。

──── 塩山さんは、ご自身も不登校やひきこもりを経験しています。民間の職業安定所の開設・運営には、その時の体験も活かされているのでしょうか。




はい、自分の生い立ちが大きく影響していると思います。私は小学校3年の時に担任のきつい体罰をきっかけに不登校を経験しましたが、その時に心の支えになったのが足しげく自宅を訪ねてくれた若いボランティアの存在でした。駆け出しのお笑い芸人や消防士のお兄さんたちが、仕事の合間にいろんな話をしながら等身大で自分と向き合ってくれたことで、希望を持つことができた。先生でもなければ、資格を持つカウンセラーでもない、ちょっとおせっかいなお兄さんたちが、自分のできる範囲で少しずつ困難な状況の人に寄り添う。そんな風に、誰もが誰かを助けられる社会というのが理想だと思っています。




考えてみれば、ほんの数十年前まではどこの地域でもそうしたおせっかいをやく人たちが必ずいて、場合によっては仕事の口利きまでしてくれることもありました。一口に地域と言っても、ご近所さん同士のつながりや地域活動のネットワークなどいろいろだったと思いますが、そうした目に見えないつながりがあることで、社会が回っていたように思います。それこそ企業もグローバル化が進展するまでは国内にもっと多くの工場があって、働きにくさを抱えているような若者も地域のつながりや縁故採用などで雇用されていた時代があり、雇用のセーフティネットの役割を果たしていました。そういう意味では、個人主義的な現代においてももう一度、地域のつながりというものをしっかり考え直してみる時期に来ているのかもしれません。私たちが運営する民間の職業安定所においても、企業やお寺などセクターを超えてタッグを組み、お互いのリソースを出し合いながら、行政とも一緒になって進めていきたいと思っています。

空き室活用で、自立支援のモデルケースも。
困難な状況の人を応援できる人・組織でありたい

──── 若者を地域で支えるという意味では、2017年からスタートした公営住宅の空き室を活用した「住宅つき就職支援プロジェクト MODEL HOUSE」は、まさにモデルケースになり得る事業ですね。

就業が不安定な若者は、家賃が払えなかったり、親元から離れられないなど自立生活を送るのが難しい人が少なくないので、住宅つきの就労支援はかねてよりの課題でした。

大阪の府営住宅でも多くの空き室があるということで、リソースがあるなら貸して欲しいとお願いしていたところ、四條畷市の府営住宅をご提供いただき、大阪府と日本財団と共同でプロジェクトをスタートしました。入居者は就業不安定な若者12人で、部屋を自分でリノベーションして、就労支援を受けながら地域の自治会活動にも参加するというプログラムで、2年間で8人が就職を果たしました。受け入れた団地側も高齢化が進んでいることもあり、若者の入居にはとても好意的で、団地の盆踊り大会で彼らが活躍して盛り上げるなど地域の活性化にもつながり、若者と地域の双方にインパクトがある事業として多方面から評価を受けることができました。




ですので、3年目には他地域でも展開できる事業モデルを構築するため、実施地域の四條畷市と地元企業にも参画いただき、企業や入居者等の受益者から費用を徴収する形でのサステナブルな運営も試み、7人の若者が地元企業に就職していきました。

──── 若者の自立支援だけでなく、企業の人材不足や地域の高齢化、空き家問題など様々な課題解決にも貢献できるというのは画期的ですね。

公営住宅の空き室を活用させていただけたことが大きかったと思います。というのも、就労支援事業に公営住宅を活用するのは前例がなく初めてのことでしたが、目的外使用という枠組みで利用させていただくことができました。構想から実現までには3年もの時間を要しましたが、目的外使用の前例やパターンが増えると、公営住宅の空き室は若者支援だけでなく様々な課題解決にむけた活用がイメージできるようになり、その後就職氷河期世代(35~49歳)やコロナ禍で失業された人を対象にした「住宅つき就職支援 チャン巣プロジェクト」の実施も叶いました。


また、昨年春には国会議員の方々の尽力で省令が改正され、NPO法人等が住まいを確保することが困難な人たちの自立を支援する場合に、全国の公営住宅の空き室を活用できるようになったので、支援団体など様々なNPOが事業開始に向けて動き出しています。ハローライフとしては、空き室を活用する際の安価なリノベーションのシステムや受け入れ団地への説明、地域への溶け込み方など多少のノウハウがあるので、それらをパッケージにして希望団体にお伝えすることで、公営住宅の活用事業を全国に広げるお手伝いができればと思っています。

──── 「誰もが誰かを助けられる社会」が理想とのお話もありましたが、最後に塩山さんはハローライフの事業を通じて、どのような社会を実現していきたいですか?

何らかの事情で不登校やひきこもりを経験したり、会社や社会の競争の中でつまずき、働くことに挫折したとしても、誰もが自分という存在を肯定しながら笑顔で働き、生きている、そんな社会にしたい。日本の社会は自己責任論が強く、普通に学校に行けていなかったり、働いていない時期に対して厳しい目を向けられることが多くあります。私が生きている間に、そうした社会の空気を変えていけるのか分かりませんが、少なくとも私たちは厳しい環境に置かれた人の新しい人生を後押しできる人・組織でありたいと思っています。