求人情報

株式会社 開化堂

職人が望む理想の環境を目指して

  • 2014/02/03 公開
  • 2014/04/07 更新
※ハローライフでの募集は終了してますが、
採用状況は各社に問合せください

ココがポイント

世界に通用するものづくりを京都から!

130ほどの行程におよぶ伝統的な茶筒づくりから、海外のデザイナーとコラボレートした世界をマーケットに見据えた斬新なプロダクトまで、固定概念に縛られることなく自由な発想でものづくりに取り組めます。国内だけでなく、海外での展示会や企画展に「作品を手掛ける職人」として参加することもできます。

ココがポイント

職を一人前に育てるための、英才教育にも抜かりなし!

少しの妥協も許されない日々の職人仕事に耐えられるよう、本当の家族のように職人を受け入れてくれる、厳しくも温かい工房です。「少しでも多くの時間を職人と過ごし、気持ちを汲み取ろう」とする八木さんの姿勢は、職人が海外でも堂々として立ち振る舞えるようにとはじめた英会話教室にも現れています。

イントロ

写真1
1200年の歴史を誇る街、京都。日本の中でも特に優れた文化・芸能が残され、
観光都市として年間に5,000万人が訪れます。
この他に類をみない歴史都市は、文化・芸能だけでなく、
職人としても何代にも渡って技術が継承されてきたものづくりが息づく街でもあります。

ところが海外で京都の街についてたずねてみると、
職人の街としてのイメージはほとんどと言っていいほどないそうです。
そんな中、ロンドン・パリ・ミラノ・ニューヨークなど、海外での展示会での孤軍奮闘の末に
輝かしい評価を集め、お茶の葉を入れる丸い茶筒の缶ひとつで日本の工芸が評価されるきっかけをつくったといっても過言でないのが、今回取材で訪れた京都の五条に店と工房を構える茶筒の老舗・開化堂です。

5代目の父のもと、茶筒の開化堂の6代目として、
海外のプロモーションに単身で乗り出し、着実に成果を上げてきたのが八木隆裕さん。写真2_
「残念ながら、京都はものづくりの街として世界にほとんど認知されていません。
海外でのプロモーションの中で、京都で6代に渡ってものづくりに取り組んでいる、
と伝えるとほとんどのバイヤーやジャーナリスト達は驚きます。
海外に京都がものづくりの街であることを伝えれば、
観光と合わせてもっとビジネスチャンスが広がるのではないかと考えます。」
単身で海外の目利きとやりあってきたご本人がいうからには嘘はありません。

「茶筒?」と聞き慣れない人のために簡単に説明しておくと、
和菓子やスイーツでもお馴染みのお抹茶や緑茶の葉、最近では紅茶やコーヒー豆に至るまで、
鮮度を保ちながら保存するためのもので、二重構造による気密性の高い、
湿気を呼びにくい丸い筒状の缶のことを言います。ブリキ・真鍮・銅と三つの種類がありますが、
大切に日々なでながら使うことで、ひとそれぞれ独自の風合いが生まれ、経年変化の味わいが楽しめる工芸品です。
開化堂の茶筒は、親子3代、100年に渡って長く使うことのできる工芸品といわれます。
写真3_
工房に併設されているショップでは、清潔感のある明るい店内に所狭しと様々なバリエーションの茶筒や主に海外に向けて制作されている新たなプロダクトラインも展示されています。

その開化堂が国内はもとより、これからますます需要がのびるであろう海外でのセールス強化に
向けて職人を2人募集中です。
世界が熱い視線をおくる工房は、果たしてどんな職人をもとめているのでしょうか!?
6代目の八木隆裕さんに話しをうかがってきました。

工房にとっては何より人が大切、家族として接します。

八木:「うちの工房にとって何が大事か?と訊かれれば、人が一番大事だと答えます。
ぼくらにしてみれば一緒に働く職人は家族のようなものなので、よその家族の中に入って、
なおかつ仕事をしてみたいとまで思うのは、本当に限られた一部のひとなんです。
だからこそ、いい意味で家族的に一緒にやっていきたいなぁと思うんです」

こちらからたずねるより早く、何より人が大切と言い切る八木さん。
開化堂で最も若い職人一年生の原さんも、面接に訪れた時のことをよく憶えているそうです。
写真4_(右人物トリミング)
原:「あの時は頭が真っ白で(笑)でも5代目の『うちはアットホームで人を大事にしてるから』
というのを聞いて緊張がほぐれたように思います。現場に入るようになってからも、
周りがみんなでフォローし合っているというか、会社自体が小さいので間が狭いというか、
困ったことがあると助け合ってます」

原さんは造形大学在学期間中から半年ほどのアルバイトを経て、卒業後に開化堂に来たばかり。
これからが楽しみな、現時点での開化堂内の最年少職人です。
まだまだ現場をおぼえることに必死で、毎日があっという間に過ぎていくといいます。

ここだけの話・・・と八木さんが教えてくれたのですが、原さん実は単位を取り漏らし、
決まっていた入社日から半年遅れて入社したのだとか(笑)
それでも、開化堂はあたたかく無事に卒業するのを待ってくれたそうです。

まさに家族としてのお付き合いといいましょうか、
海外での華々しい評価を得て世界を股にかける一流ブランドというイメージから、
一気に身近なご近所の工房のように感じさせてくれました。
そういえば、開化堂さんは関西テレビの番組「隣の人間国宝」にも認定されていましたね(笑)

八木:「新たに雇う職人は、親父からしてみれば感覚としては息子に近いし、
僕からしてみても弟みたいなもの。家族として受け入れようとするからこそ、
彼らがしたいと思うことはできる限り、叶えてあげたいと思っているんです」

ここだけを訊くと、なんとホスピタリティの高い工房!という印象を持ちますが、
それは現場の仕事環境あってのことのようです。
写真5_
八木:「職人の仕事って本当に厳しいんです。
普段、工房で一つのことだけをずっとやっていると嫌になることが必ずでてきます。
その時に、自分がやりがいを持って仕事に取り組めるようにするためには、
職人がやりたいと思うことを『雇う側』が叶えてあげる必要があるんじゃないかと思うんです」

決められたことを決められた通りに淡々とこなせること

では実際に開化堂がもとめる人材はどういった性格のひとなのでしょうか。
八木:「開化堂の仕事はものすごく地味な仕事です。
ここに置きなさい、と言われれば『ここ』に置かなければならない。
それは、一人で茶筒づくりをしているわけではない、ということ。
次の工程を担っている人がいかに取りやすく作業に移りやすいかを突き詰めているからです。
仮に商品を300個つくるとして、一回に1秒の差があれば結果として300秒違ってくるわけです。
だからこそ、教えられたことを教えられた通りにできる人を求めます」

開化堂に入って8年目の吉村さんにも当時を振り返っていただきました。
写真6_
吉村:「工房に入る前に思っていたこととは全然違いました。
専門学校までは自分の好きな物をひとつ集中して、他の人と恊働するでもなく作ってきましたが、
ここでは一人で制作するというのは全然できなくて。
いかに同じものを毎日同じように正確に、少しでも早く作るかということを求められました。」

吉村さんが開化堂にくるきっかけとなったのは、通っていた伝統工芸の専門学校の卒業制作で、
茶筒をつくったことがきっかけ。卒業制作に取り組み何度も開化堂に足を運ぶ中で、
卒業後の進路として「開化堂に来ないか」と声を掛けられたそうです。

現在、吉村さんは茶筒制作にも関わりつつ、
開化堂が新しく海外デザイナーと取り組んでいるプロダクトラインの担当として、
新たなものづくりにチャレンジしているようですが、中堅どころとして、
人をまとめることも求められるようになり、苦労しているのだとか。

最終的には工房としての合う合わないの話しになりますが、
吉村さんの話からも華やかさのあるクリエイティブな仕事というよりも、
単純な反復をただただ繰り返す作業が多く、地味で打たれ強さがあり、
じっとひとつのことにきちんと取り組める人が向いているようです。
写真7_
茶筒ができあがるまでには130ほどの行程があるそうですが、
そのひとつひとつに緻密で精度の高い仕事が求められことになると思うと、
確かに楽な仕事、とは夢にも思いませんね。その代わり、というわけではありませんが、
素材の金属板を切ったり完成品を磨いたりするような下仕事からきっちりと教えるので、
開化堂に入るのに必要なスキルは特にはないと八木さんは言います。

原:「最初の頃は本当に作業も遅くてうまくできなくて、もどかしい気持ちでした。
先輩達も、こんな自分に何のアドバイスもしてあげられることがないぐらい、
何もできてなかったんだろうなと。それでも少しずつはわかってきているのかもしれないですけれど、今は目の前にあることをひとつずつ、ひたすらやっている。
そして、次第に質とかスピードを上げられるようがんばっている感じです。
具体的に何かをまかされるというよりは、すべての行程の補助役という感じです。
板を切ったり、磨いたりすることを手伝ったり。。。」

というのが一年目の原さんの工房での実情のようです。まだまだ、これからでしょうか(笑)
写真8_(左人物トリミング)
成果物が具体的に目に見える分、
できてないことへの焦りは初めのころは予想以上なのかもしれません。
それでも、原さんのように本当に「その場にいること」からはじまり、
吉村さんのように5年ぐらい経ってようやく「仕事になれてくる」のが実情のようですね。

3年は悶々と、5年目ぐらいでようやくみえてくる。

こうして話しをしながら八木さんをみていると、
とても地味な作業の反復をしているだけの人には見えません。
八木さんは自分自身がどんな風にして、年に幾度も世界を飛び回る開化堂の職人に
成り得たのでしょうか。

八木:「この仕事をはじめると3年ぐらいは目の前のこと以外、何にも考えられないと思います。
その時間を経てようやく少しやりたいことが見えてくるんです。
僕自身、3年は悶々とした時間を過ごしていました。その間も東京をはじめ、
地方の百貨店の催事や実演販売にもいっていましたけど、
5年目ぐらいになってようやく自分がやりたいと思う海外での販売などができるようになってきましたね」
写真9_
社会人を3年で卒業し、実家に入った八木さんですが、
5代目の父からは開化堂を継ぐことは決して強制されることはなかったそうです。

八木:「実は、親父には『継がんでいい』と言われてました。
親父はわしの代でやめると祖父と伯父に了解までとっていたようです。
自分の代での幕引きまでを考えていた親父をみて、僕も今はその感覚でいます。
次の代が『やりたい』といった時にやれるだけの素地を残していれば、
僕として、また開化堂として何をやってもいいんじゃないかなと。
その中で、自分も色々なチャレンジをしていけばいいのかなと思ってるんです」

英会話がきっかけ?職人との新たな対話のカタチ

自分自身が常にチャレンジし続ける八木さんだからこそ、
地味でまじめな職人たちにも色々とチャレンジして欲しいといいます。

八木:「最初に憶えるのは、あくまでも職人としての仕事。
クリエイティブなことなんてほとんどありません。まずは技術を体得する段階なので。
でも、現場で3年、5年と経験を積むことで、少しずつですが、
実はそれぞれの職人の中で『やりたい』と思うことが出てくるみたいなんです。
でも、それを表立って中々口にはできない(笑)」
写真10_
やっぱり、、、といった感じですね(笑)結局、職人が何をしたいと思っているのかといった
意識の汲み上げは八木さんの役割でもあるようで、最近では仕事をする時間と場所を、
意識的に少し変えているんだそう。
「事務所で淡々とメールなどのやりとりをするのではなく、
工房でパイプ椅子に座って作業しながら、
父や職人と会話を少しでも多く交わしてます。そうすることで、一見無駄話に思える中にも、
人の本音や考えがこっそり隠れている。そんな時間こそ、何より大切にすべきだなと思うんです」と。そんな中、数年前から英会話教室をはじめたとのことです。
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八木:「職人にたずねてみたところ、『海外の展示会にも行きたい』という想いを
聞いたことがきっかけではじめたものでもあります。近頃では、順番に職人を海外に連れて行っています。パリのメゾン・エ・オブジェやニューヨークへも。
中にはニューヨークで白タクにあって500ドルもボラれた職人もいたり・・・(笑) 」
写真12
八木:「どうしても自分がいかなければならない海外での実演もあるのですが、
そうでない時には、別の職人に実演とかは任せられるようにしていきたいと思っています。」

そういった職人を巻き込んでのこれからの開化堂づくりが進む中で、
5代目までにはなかった新たな職人との関係が開化堂に生まれてきたといいます。

八木:「働いてもらっている職人が、結婚して子供が生まれてっていうのが
今までなかったんです。この2年で国内外での売り上げが安定してきたことで、
色々な準備が整ってきたのですが、その成果のひとつかもしれません。
そうなると、その職人の子供までうちで働けるような環境にしておきたいと思うんです。
そのためにはどんなにきつい仕事でも、職人が父親として続けられるようにしておきたいんです。」

8年目の吉村さんにもし自分の子供が「開化堂の職人をやりたいといったら?」と聞いたところ、
「それは嬉しいですね。」と返ってきました。八木さんのみえている工房像は職人にもきちんと伝わっているようです。

週末に畑仕事までできる!?自由度の高い工房づくり

その職人への配慮と具体的な環境づくりは、次の工房の在り方にも及んでいます。
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八木:「これまでの茶筒の制作だけでなく、
今、海外のデザイナーとのコラボレーションによる新たなプロダクトラインが動き始めています。
その新しいラインを中心とした工房を京都の北の方に用意できないかと本気で考えています。
実は12月の上旬に亀岡の物件を見てきちゃいました(笑)
先ほどの英会話教室がきっかけだったのですが、
8年目になる職人が週末には畑仕事をしたいといっていて、
それならいっそ畑つきの工房を探してみようかなと。
そこには国内・海外からのバイヤーも寝泊まりできるような設備も整えたりすると、
更にいい場所になりそうです。」

職人として工房で働く、そのイメージやこれまでの概念を少しずつ、
しかし確実に塗り替え続けている八木さんは、
自身の取り組みを「薄い漆を塗り重ねているような気持ち」と表現されました。
「次の代には継がせたくない」というのは
どこかでやらされているという気持ちがあるからであって、
自分が楽しく取り組んでいればそんな風には思わないはず、と超ポジティブな八木さん。
写真14_
八木:「本当に基礎から厳しく教え込みますが、それは例えば実演販売の場で外に出た時に、
その職人がそのまま開化堂の顔となり、お客様に向けてプレゼンテーションすることになるからです。だから、3年間、僕の下にいて仕事をおぼえたら多分どこの会社に行ってもある程度通用すると思いますよ(笑)」

「ひとと会話をすることなく、ただものをつくり続けていればいいというわけではない」
というのは、実は本来の職人のあるべき姿。
広く日本を見渡しても、ここまでの地力を備えた工房は他に類をみません。
写真15_
職人として、いちから仕事をおぼえ、実直にものづくりにはげみながら
少しずつ世の中との接点をつくり、ゆくゆくは世界目線で職人として活躍する。
最低でも3年、5年はとても厳しい職人としての修行期間が続きます。

しかし、それは一般の企業でも同じこと。
開化堂では、その同じ苦しみの先に職人としてのものづくりの力が
きっちりと備わることがご理解頂けたのではないでしょうか。

10年、20年、さらには孫の代まで見据える経営者のいる工房に、
胸の奥に秘めたまま静かにたぎっているものづくりへの想いをぶつけてみてはいかがでしょうか。

(取材・文/宮下直樹 Terminal81 撮影/大島拓也 コーディネーター/喜多舞衣)

株式会社開化堂の八木隆裕さんの暮らし方にクローズアップした連載記事「ハローライフなひとびと」も合わせてご覧ください。
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だれかに教えてあげてね

募集要項

企業名・団体名
株式会社 開化堂
募集期間
2014/4/6(日) 〆切
それ以降の募集につきましては随時こちらのサイトにてお知らせさせていただきます。
募集業種
茶筒製造の職人
雇用形態
正社員(試用期間3ヶ月あり)
応募資格
未経験可
勤務地
〒600-8127
京都市下京区河原町六条東入梅湊町84-1
勤務時間
9:00~18:00(うち昼食1時間休憩+15分、残業あり)
給与
16万5千円~
休日・休暇
日曜日・祝祭日・別に月1回 年末年始(7日間)・お盆休み(3日間)
待遇
交通費支給:実費(上限1万円)、各種保険加入
昼食手当1日400円(上限1万円)
賞与年2回、昇給年1回あり
採用予定人数
2名
選考プロセス
1)本サイトからエントリー後、通過者のみご連絡させていただきます。
その際に、面接日時を相談いたします。
※【応募者への質問事項】も選考の対象となりますので、ぜひご記入ください。

2 )面接日に履歴書・職務経歴書をお持ちください。 その際に、工房見学をしていただきます。

3 )面接の結果は全ての方に連絡いたします。

4 )採用決定

5 )勤務開始
応募者への質問
①弊社を選んだ理由はなんですか?
②ものづくりに興味がありますか?
WEBサイト
http://www.kaikado.jp/
メッセージ
やる気のある方を募集しております。 また、未経験者でも大丈夫です!一緒に頑張りましょう。ご応募おまちしています!